花王株式会社 安全性科学研究所は、生物多様性保全のための高精度な生態調査方法を確立するため、環境中に含まれる生物のRNA(環境RNA)の研究に取り組んできました。このたび、河川水中に魚のRNAが豊富に存在し、それらを網羅的に解析することで高精度な生態調査が可能となることを世界で初めて*1 明らかにしました。
今回の研究成果は、生態学的な指標を扱う国際誌「Ecological indicators」に掲載されました*2 。
*1 生命科学、生物医学を検索できる世界で代表的な科学文献データベースPubMedを用いて、“environmental RNA” and “Fish”で検索。Google scholarも用いて学術論文を検索。「魚由来のRNAの存在実態と生態調査への有用性を評価した研究」について該当なし。また、Pubmedで“environmental RNA” and “Biological monitoring” or “Ecological survey”で検索。「水環境における大型脊椎動物由来のRNAの存在実態を解析し、生態調査への有用性を評価した研究」について該当なし(2021年8月5日現在、花王調べ)。
*2 Fish environmental RNA enables precise ecological surveys with high positive predictivity(Volume 128, 2021, 107796, ISSN 1470-160X)
https://doi.org/10.1016/j.ecolind.2021.107796
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■ 背景
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特定の場所に生息する生物の数や種類を調査する生態調査は、生物多様性保全のための指針づくりや、環境問題解決への方針策定などに必要不可欠です。従来から実施されている生態調査は、実際に生物を捕獲して調査を行なっていましたが、調査には膨大な労力と専門的な知識が必要であり、個体数が少ない生物については、捕獲による生態系への悪影響が懸念されます。
これに対し、近年、環境中に存在する生物の遺伝情報であるDNA(デオキシリボ核酸)を採取・分析する生態調査方法が、従来法のデメリットを補完するものとして注目されています。しかし、環境中に存在するDNA(環境DNA)は壊れにくいことから環境中に長期間残存するため、既にその場所に存在しない生物も調査結果に含めてしまう誤検出が課題となっています。これを解決するため、花王は生物のRNA(リボ核酸)に着目しました。
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■ 環境RNA
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DNAは生物のからだをつくる際の設計図です。DNAの配列は生物種ごとに異なるため、水中の環境DNAを分析することで、採水した水域にどのような生物が生息しているかを推定できます。一方、RNAはDNAを参照して作られ、RNAの配列も生物種ごとに異なるため、もし環境RNAが水中に豊富に存在していれば、それらを解析することで環境DNAと同様の調査が可能だと考えられます(図1)。
さらに、花王が注目したのがRNAの分解性です。一般的にRNAはDNAよりも分解されやすいことが知られています。そのため、既にその場にいない生物に由来する環境RNAは、分解が促され、検出されにくい可能性があります。つまり、環境RNAを解析できれば、環境DNAによる生態調査で課題となっている誤検出の問題を解決でき、実際に生息している生物のみを検出する高精度な生態調査が実現できると考えられます。
ここ数年、国内外で環境RNAの生態調査への展開について関心が高まっています。しかし、水環境における大型脊椎動物由来のRNAを網羅的に解析し、生態調査への有用性を評価した研究は、まだ学術論文としては報告されていません。
図1.環境RNAを用いた生態調査のフロー
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■ 環境RNAを用いた生態調査の結果
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(1) 河川水中における魚の環境RNAの存在を発見
環境RNAを用いても、環境DNAと同様な生態調査が可能であるかを確認するため、河川水中に環境RNAが存在するかどうかの調査を行ないました(図2)。その結果、河川水中にさまざまな魚の環境RNAが豊富に存在することを発見しました。
図2. 調査を実施した場所 (栃木県/茨城県)
(2) 生態調査に有用であることを発見
・生物種の高い検出力
既に生息している魚がわかっている河川水中において、環境RNAと環境DNAを用いた生態調査を行ないました。その結果を比較したところ、その場に生息している生物を検出できる感度(検出力)は、測定回ごとの結果としては同等であるものの、複数回の調査結果を統合した場合には環境RNAの方が高くなることがわかりました。これらの結果は、河川水中において環境RNAは当初想定していたよりも安定的に維持されており、調査時点で存在している魚の種類をよく反映することを示唆しています。
・誤検出の少なさ
河川で行なった環境DNAを用いた生態調査において、生息しているはずのない海水魚が多く検出されました(図3)。調査を実施した地点(図2)は、河口から30㎞以上離れており、海水魚が生息しているとは考えられないため、海水魚は誤検出であると考えられます。
一方の環境RNAではそれらをほとんど検出しませんでした。これら海水魚の多くは食用の魚であることから、おそらく、河川に流れ込んだ排水に含まれていた魚のDNAが検出されてしまったものと考えられます。これは、環境DNAと環境RNAの分解度の違いが検出量に影響を与えたと推察できます。つまり、環境DNAを指標にして調査すると、その場に生息していない魚を検出してしまうのに対し、環境RNAは生息している魚を優先的に検出できる可能性が示唆されました。
汽水域や湾岸域には、淡水魚と海水魚のどちらも生息しているため、海水魚を誤検出であると推定することは困難です。また、あらゆる水環境は、人為的な活動などによって、生息していない生物の環境DNAが混入している可能性があります。そのため、環境RNAを指標とした生態調査は生態系の真の姿を可視化するための効果的な方法になる可能性があります。
図3. 環境DNA・RNAの量(リード数)の相関図 海水魚は生息環境でないため誤検出と考えられる。
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■ 今後の展望
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花王は、生態系の保全に資する高精度な調査を実現するべく、今後も環境RNAについての研究を進めていきます。将来的には、この技術の活用により、人為的活動による生物多様性の損失を最小化することで、社会と環境のサステナビリティに貢献することをめざします。
【詳細は下記URLをご参照ください】
・花王株式会社 2021年8月17日【PDF】発表
・花王株式会社 公式サイト