逆流性食道炎の患者が急増している。逆流性食道炎は、酸性度の強い塩酸(胃酸)を含む胃の内容物が食道に逆流することで、食道粘膜に炎症が起きた状態。食道には、胃酸に対する防御機能がないため、酸に繰り返しさらされることで炎症が起こり、粘膜のただれや潰瘍が生じたり、胸やけや呑酸などの不快な症状の原因となる。
「なんだかのどの辺りや口の中が酸っぱい」、「胃酸が逆流している感じがする」。そう感じている人は少なくないはずである。しかし、単に飲みすぎや食べ過ぎ程度にしか考えず、まさかそれが病気と認識している人はほとんどいないであろう。日本消化器病学会胃食道逆流症診療ガイドラインでは、そうした症状が週一回以上発現するするとQOLに悪影響を与えると明記されている。
一体なぜ、ここへきて逆流性食道炎が増加しているのか。その原因は意外なところにある。日本人の食生活の変化や、体格の変化に加えて、感染していると胃がんになりやすいことが知られるヘリコバクター・ピロリ菌だ。この感染率が年々減少している。衛生環境の改善や近年確立された除菌療法などがその要因だ。そのピロリ菌の感染率と逆流性食道炎患者の相関を調べた内外のデータ(Varanasi RV,et al.Helicobacter 3:188,1998)がある。それによると、国内においては、逆流性食道炎患者では37%の感染率なのに対し、対照群では65%。メリーランド大学の調査でもそれぞれ31%、42%となっており、逆流性食道炎患者の場合、ピロリ菌の感染率が低いことが分かっている。
もちろん単なる偶然ではない。両者を結びつけるキーワードは「酸」だ。ピロリ菌に感染していると胃粘膜の萎縮が起こり、酸分泌が低下する。一方、ピロリ菌に感染していないと胃粘膜の萎縮が起こらないため、酸分泌が増加。その結果、胃酸の逆流が起こりやすくなる。つまり、昨今急増する逆流性食道炎の原因には、ピロリ菌感染率の低下が大きく影響しているのだ。実際、90年代以降、ピロリ菌感染率が低下しているのに対し、入れ替わるように2000年以降、逆流性食道炎の有症率は増加の一途をたどっている。
ピロリ菌感染率の低下とともに変遷しているもうひとつの事象がある。出血性潰瘍の原因だ。2000年から2004年では原因の3割弱だったアスピリンを含むNSAID(非ステロイド性抗炎症薬)の服用が、2005年から2009年では45.5%に増加している(中野 良 他:日消誌,108,A166,2011)。
その背景について東北大学病院総合診療部本郷道夫教授は「高齢化が進み、多くの患者さんがリウマチなどでNSAIDを使用したり、心筋梗塞・脳梗塞の再発を抑えるために抗凝固薬を使用したりするケースが増えている。そのほか、ピロリ菌の除菌が進んだことも一因だ」と指摘する。相対的に日本人の酸分泌が近年増加していることを踏まえても、薬剤による酸関連疾患治療において、酸分泌の的確なコントロールが重要となりつつあるワケだ。
そうした中、H2ブロッカー(ヒスタミン受容体拮抗薬)に代わり、90年代以降、急速に普及しているのが、PPI(プロトポンプ阻害薬)だ。PPIは胃酸分泌の最終段階であるプロトポンプでその働きを直接抑え、胃酸分泌を抑制するため、一日中安定した酸抑制効果を発揮する。従って、併用薬で引き起こされる消化性潰瘍の発症を抑えながら継続使用が可能であり、酸関連疾患の有効な治療薬として期待されている。今年発売された最も新しいPPIであるネキシウムはNSAIDなどを使用する患者の潰瘍再発を抑制する適応を持ち、「低用量アスピリン投与時における胃潰瘍または十二指腸潰瘍の再発抑制」効果についても追加申請中だ。
食の欧米化などによる酸分泌の増加。それに伴う酸関連疾患増加によるQOLの低下。時代とともに環境が変わり、体質や治療も変遷してゆく。こうしたことを知っているだけでも、なし崩し的な酸関連疾患の放置やQOLの低下は、随分と高い確率で予防できるといえそうだ。