森永乳業株式会社は、病態モデル動物を用いたアルツハイマー型認知症(以下アルツハイマー病)の予防効果の検討を行い、「Bifidobacterium breve A1(以下「ビフィズス菌 A1」)」がアルツハイマー病の発症を抑える可能性があることを発見しました。
「ビフィズス菌 A1」を摂取することにより、空間認識力及び学習・記憶能力の改善が確認され、アルツハイマー病の発症を抑える可能性が明らかになりました。
なお、同研究は、東京大学大学院農学生命科学研究科阿部啓子特任教授、及び地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所との共同研究によるものです。
<研究の背景と目的>
近年、腸内細菌と健康が密接に関連していることが明らかとなっており、腸内細菌を含めた腸と脳の機能連関を意味する“脳腸相関”が注目されています。
また、これまでに一部のビフィズス菌や乳酸菌の抗不安作用が報告されるなど、プロバイオティクス摂取による脳機能への働きが明らかになっています。
一方、アルツハイマー病をはじめとした認知症患者は世界的に増加しており、日本の認知症患者数は2012年時点で約【4】62万人、2025年には700万人を超え、65歳以上の高齢者のうち5人に1人が患う予測が発表されています(2015年、厚生労働省)。
この割合は、経済協力開発機構(OECD)加盟35か国の中で最も高くなっています。アルツハイマー病は認知症の中で多くの割合を占める神経疾患ですが、近年の研究から、発症の数十年前から徐々に進行する慢性病の一つであり、早期から脳内に変化が生じていると考えられています。
一度発症すると進行を止めたり、回復する治療が困難であることから、発症を予防するため生活習慣の改善など日々の生活の中で実践できる有効な対策を見出すことが課題となっています。
このような背景の下、ビフィズス菌や乳酸菌などのプロバイオティクス摂取によるアルツハイマー病の予防及び進行の抑制効果について検証を行なったところ、「ビフィズス菌A1」の摂取によりマウスの空間認識力及び学習・記憶能力の改善を確認したことから、「ビフィズス菌A1」には、アルツハイマー病の発症を抑える可能性があることを見出しました。
<研究内容>
研究方法
アルツハイマー病の原因物質と考えられているアミロイドβを脳内に投与したアルツハイマー病のモデルマウスに「ビフィズス菌 A1」(1 日あたり 10 億個)を 10 日間にわたり経口投与し、次の 3 点の評価を行いました。対照群として、生理食塩水のみの投与群と認知症の処方薬であるコリンエステラーゼ阻害剤投与群(陽性対照群)を設定しました。(図1)
【1】Y 迷路試験※1・・・行動試験により、自発的交替行動率※2 をもとに空間認識力を評価。
【2】受動回避試験※3・・・行動試験により、反応潜時※【4】 をもとに学習・記憶能力を評価。
【3】作用機序の解析・・・海馬での遺伝子発現への影響を網羅的に評価。
研究結果
【1】 Y 迷路試験(空間認識力の評価)
アルツハイマー病モデルマウスのうち、生理食塩水摂取群では通常マウス群と比較して、Y 迷路での自発的交替行動率の顕著な低下がみられました。一方、「ビフィズス菌 A1」摂取群では生理食塩水摂取群と比較して、自発的交替行動率の有意な改善が認められたことから、「ビフィズス菌A1」摂取によって空間認識力が改善されたと考えられます(図 2 左)。
【2】 受動回避試験(学習・記憶能力の評価)
「ビフィズス菌 A1」摂取群では生理食塩水摂取群と比較して反応潜時の有意な改善が認められたことから、「ビフィズス菌 A1」摂取によって学習・記憶能力が改善されたと考えられます(図 2 右)。
なお、【1】【2】での改善効果は陽性対照として用いた認知症の処方薬であるコリンエステラーゼ阻害剤と同程度であり、「ビフィズス菌 A1」がアミロイドβ誘導性の認知障害を改善する可能性が示されました。
【3】 海馬の網羅的遺伝子発現解析
記憶や学習能力に関わる脳組織である海馬に着目し、海馬の遺伝子発現を網羅的に解析しました。通常マウスと比較して、アルツハイマー病モデルマウスでは生理食塩水を摂取した群において多くの遺伝子発現が変動し、特に免疫反応や炎症に関わる遺伝子群の発現が誘導(免疫異常や過剰な炎症が起こる)されましたが、「ビフィズス菌A1」を摂取した群では、それらの遺伝子発現のほとんどが正常の状態を保っていることがわかりました。(図 3)
このことから、「ビフィズス菌 A1」は、モデルマウスの脳内において引き起こされた過剰な免疫反応や脳内炎症を抑えることにより、認知機能障害を改善したと考えられます。アルツハイマー病の脳では慢性的に炎症が発生しており、病態進行に大きく関わっていると推定されています。以上のことから、「ビフィズス菌 A1」がその抗炎症作用により、アルツハイマー病の発症もしくは病態進行を抑える可能性があると考えられます。
(図 3:右)
「ビフィズス菌 A1」摂取によるマウス海馬の網羅的遺伝子解析(遺伝子発現が高いものはピンク色、低いものは水色、中程度を白色として視覚的に表している。)
<まとめ>
以上の研究結果から、「ビフィズス菌 A1」摂取には、アルツハイマー病モデルマウスの認知機能改善作用があることや、脳内の過剰な免疫反応や炎症を抑える作用があることが認められ、アルツハイマー型認知症の発症を抑制する可能性が示されました。
なお、この研究成果は科学雑誌『Scientific Reports』誌(2017年10月18日付)に掲載されました(タイトル:Therapeutic potential of Bifidobacterium breve strain A1 for preventing cognitive impairment in Alzheimer’sdisease.)。
森永乳業では、「ビフィズス菌 A1」によるアルツハイマー病を含む認知症の発症抑制について、ヒトに対する効果の検証を含めて、今後も研究を継続しエビデンスを積み重ねることにより、食を通じた社会貢献の実現に邁進します。
※1 Y 迷路試験
Y 字型の迷路にマウスを入れて探索行動を記録します。探索行動で自発的に異なる通路に入るというマウスの習性を利用した行動試験です。認知機能が低下したマウスは一度出た通路や一つ前に入った通路を認識できず、同じ通路や一つ前の通路へ再度入ることになります。
※2 自発的交替行動率
Y 迷路試験において、全体の進入回数に占める三つの異なる通路への連続した進入(交替行動)の割合を自発的交替行動率と呼びます。自発的交替行動率= 交替行動回数/(総進入回数-2)×100 という計算式によって算出します。自発的交替行動率が低いと空間認識力が低いと評価します。
※3 受動回避試験
マウスは元来暗い場所を好みますが、図1に示したような明暗二つの箱がつながった箱にマウスを入れ、暗室に進入した際に電気刺激を与えること(訓練試行)により、暗室への進入と痛みを関連付けて学習・記憶させる試験です。翌日マウスを明箱に入れた際に暗箱に行かず明箱に留まる行動が観察されますが、暗箱に移動するまでの時間を測定して、学習・記憶能力を評価します。
※【4】 反応潜時
受動回避試験において、訓練試行の一定時間後に再びマウスを明箱に入れ、暗室に移動するまでの時間を反応潜時と定義しています。反応潜時が長いほど、電気刺激を記憶していると評価します。長時間観察しても暗箱に入らない場合試験終了の上限値を設定しますが、本研究では 300 秒としています。
【詳細は下記URLをご参照ください】
・森永乳業株式会社 2018年1月31日【PDF】発表
・森永乳業株式会社 公式サイト