順天堂大学大学院医学研究科スポートロジーセンターの筧佐織 特任助教、代謝内分泌内科学・スポートロジーセンターの田村好史 准教授、河盛隆造 特任教授、綿田裕孝 教授らの研究グループは、不活動が骨格筋のインスリン抵抗性*1を生じさせる新規メカニズムを解明しました。
同研究では、わずか24時間の不活動でも、筋肉にジアシルグリセロール(DG)*2という脂質が蓄積しイン スリン抵抗性が生じること、高脂肪食の摂取によりさらにその傾向が強まること、これにはLipin1*3という脂質代謝酵素が関わることを初めて明らかにしました。ステイホームや座りすぎなどによる不活動は代謝状態を悪くすることが知られていますが、短時間の不活動により筋肉に脂質が蓄積することと、そのメカニズムを分子レベルで明らかにした本成果は、予防医学の観点からも、有益な情報であると考えられます。同研究は米国生理学会雑誌「American Journal of Physiology Endocrinology and Metabolism 」のオンライン版で公開されました。
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■ 同研究成果のポイント
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わずか24時間の不活動が筋肉へのDG蓄積を通して骨格筋インスリン抵抗性をもたらすことを明らかにした。不活動によるDG蓄積とインスリン抵抗性の発生には、DGを細胞内で生成する脂質代謝酵素Lipin1が関与していた。ステイホームや座りすぎといった不活動が注目される今、新たな生活習慣病発症予防法の開発に有用な成果である。
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■ 背景
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生活習慣病である糖尿病やメタボリックシンドロームの病態の根源であるインスリン抵抗性は肥満によって生じることが知られています。その一方で、肥満が無い場合でも、ステイホームや座位時間の増加といった不活動の状態が短期間継続するだけでもインスリン抵抗性を発生させることが明らかになってきています。我が国では、諸外国に比べて座位時間が長く、近年の身体活動ガイドラインにおいても座位時間を含む不活動の時間を短くすることが推奨されるようになりました。しかしながら、なぜ短期間の不活動でインスリン抵抗性が生じてしまうのか、その分子メカニズムはほとんどわかっていません。そこで同研究では、不活動によるインスリン抵抗性発生メカニズムの解明を目指して、動物およびヒトを対象として研究を行いました。
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■ 内容
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同研究では、まずマウスの片脚をギプス固定する不活動モデルを作成し、不活動とそれに伴う代謝機能への影響を検証しました。具体的には、24時間の不活動と、悪い生活習慣である高脂肪食(2週間)を組み合わせた4群に対してインスリン感受性とDG量の比較を行いました。その結果、骨格筋のインスリン感受性はわずか24時間の不活動でも半減し(インスリン抵抗性の発生)、高脂肪食単独では変化が無かったものの、高脂肪食に不活動を組み合わせると、インスリン抵抗性がさらに増悪することが明らかになりました(図1左)。
また骨格筋細胞内へDGが蓄積するとインスリンシグナル伝達を阻害してインスリン抵抗性を生じさせることから、DG量の解析を行ったところ、不活動で骨格筋のDG量が倍増、高脂肪食との組み合わせでさらに増加し(図1右) 、それに伴いインスリンシグナル伝達が阻害されていることが分かりました。これらのことから、骨格筋へのDG蓄積が不活動によるインスリン抵抗性発生のカギであることが示唆されました。
図1: 各群における骨格筋インスリン感受性と骨格筋DG量
マウスに2週間の普通食または高脂肪食を摂取させた後、24時間の不活動の状態にして、骨格筋のインスリン感受性とDG量を評価した。その結果、骨格筋のインスリン感受性はたった24時間の不活動でも半減し(インスリン抵抗性発生)、高脂肪食単独では変化が無かったものの、高脂肪食に不活動を組み合わせると、インスリン抵抗性がさらに増悪した。この変化に伴いDGの量は、不活動で倍増、高脂肪食との組み合わせでさらに増加し、インスリン抵抗性の発生と密接に関連していた。
そこで、不活動によってなぜDGが蓄積するのかを明らかにするために、DG蓄積に関わる様々な代謝経路の探索を行ったところ、細胞内でDGを作り出す酵素であるLipin1の活性が不活動によるDGの蓄積と連動していることを見出しました。次に、遺伝子導入によりLipin1の酵素活性を不活化した骨格筋では不活動によるDGの蓄積やインスリン抵抗性が発生しないことを確認しました。一方、ヒトにおいても24時間片足をギプス固定し、その前後で骨格筋生検を行い解析したところ、Lipin1の発現量の有意な増加と骨格筋DG量の増加傾向を認め、マウスの実験と矛盾しない結果が得られました。以上の結果から、24時間という短時間の不活動においてもLipin1の活性化により骨格筋細胞内へのDG蓄積が生じ、インスリン抵抗性が発生する分子メカニズムが明らかになりました(図2)。
図2:同研究で明らかになった不活動によるインスリン抵抗性発生の分子メカニズム
24時間という短時間の不活動においてもLipin1の活性化により骨格筋細胞内へのDG蓄積が生じ、インスリン抵抗性が発生することが明らかになった。また、高脂肪食はこれらの変化を増悪させた。
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■ 今後の展開
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今回の研究により、不活動によるインスリン抵抗性の発生にはLipin1を介したDGの増加が関与し高脂肪食によりそれらがさらに増悪することが初めて明らかになりました。現在まで、運動により骨格筋代謝が改善するメカニズム探索は進んでいるものの、不活動がなぜ代謝を悪くするのかは未解明の部分を多く残しており、不活動による骨格筋のインスリン抵抗性発生の分子メカニズムを明らかにした同研究成果は画期的と言えます。
日本人を含む東アジア人は正常体重であるにもかかわらず生活習慣病になってしまう場合が多くありますが、我が国では諸外国と比較して座位時間が長いことを鑑みると、同研究で明らかとなったLipin1を介した分子メカニズムを標的にした東アジア人に向けた新たな生活習慣病予防策の開発が期待できます。例えば、Lipin1の活性を抑制するような運動様式や栄養食品、薬剤を新たに開発にすることにより、不活動による生活習慣病の発症を防げる可能性があります。また、不活動は同時に骨格筋萎縮も引き起こしますが、その病態基盤としてのLipin1のさらなる役割についても着目し研究を進めていきます。
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■ 用語解説
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*1 インスリン抵抗性
膵臓から分泌され、血糖を下げるホルモンであるインスリンの感受性が低下して効きにくい状態(抵抗性)を指します。主に肥満に伴って出現し、糖尿病の原因になるだけでなく、メタボリックシンドロームの重要な原因の一つと考えられています。肝臓・骨格筋・脂肪組織にそれぞれインスリン抵抗性が個別に生じます。
*2 ジアシルグリセロール(DG)
グリセリンに2つの脂肪酸がエステル結合を介して結合したグリセリドで、トリグリセリドやリン脂質などの脂質の前駆体です。また、細胞のシグナル伝達におけるセカンドメッセンジャーとして機能し、骨格筋インスリン感受性低下の原因の一つである可能性が示されています。同研究では、不活動によりDGが骨格筋でLipin1を介して産生され、それが骨格筋細胞内のDG蓄積とインスリン抵抗性を発生させたと考えられました。
*3 Lipin1
主要なMg2+依存性のホスファチジン酸ホスファターゼで、ホスファチジン酸の脱リン酸を触媒し、DGを生成する脂質代謝酵素の一つです(図2)。
■原著論文
同研究成果は米国内分泌学会雑誌「 American Journal of Physiology Endocrinology and Metabolism 」のオンライン版(2021年11月1日付 )で公開されました。
英文タイトル: Short-term physical inactivity induces diacylglycerol accumulation and insulin resistance in muscle via lipin1 activation
タイトル(日本語訳): 短期間の身体不活動は、lipin1の活性化を介して筋肉にジアシルグリセロールの蓄積とインスリン抵抗性を引き起こす
著者:Saori Kakehi, Yoshifumi Tamura, Shin-ichi Ikeda, Naoko Kaga, Hikari Taka, Noriko Ueno, Tetsuya Shiuchi, Atsushi Kubota, Keishoku Sakuraba, Ryuzo Kawamori, Hirotaka Watada
著者(日本語表記): 筧 佐織1) 、田村好史1) 、池田真一1) 、加賀直子1) 、高ひかり1) 、上野紀子1) 、志内哲也2) 、窪田敦之1) 、櫻庭景植1) 、河盛隆造1) 、綿田裕孝1)
著者所属: 1) 順天堂大学、2) 徳島大学
DOI: 10.1152/ajpendo.00254.2020
なお同研究は、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業 (文部科学省), ハイテクリサーチセンター整備事業(文部科学省)、JSPS科研費(文部科学省)(JP23680069, JP26282197, JP15K01729)の支援を受け実施しました。
【詳細は下記URLをご参照ください】
・順天堂大学 2021年11月25日【PDF】発表
・順天堂大学 公式サイト