JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科の高柳 広 教授と林 幹人 研究員らの研究グループは、Semaphorin 3A(セマフォリン スリー エー:Sema3A)注1)と呼ばれるたんぱく質が骨の健康を守り、このたんぱく質をマウスに投与すると骨が増加することを発見しました。
骨は硬く安定した組織に見えますが、その中には骨を作る骨芽細胞注2)、骨を壊す破骨細胞注3)とリンパ球など免疫細胞が存在し、皮膚などと同じように新陳代謝を繰り返しており、古くなった骨が破壊され新たな骨が形成されることで、丈夫さやしなやかさが維持されています。健康な状態では、骨の破壊(骨吸収と呼ばれる)と形成(骨形成と呼ばれる)の2つの作用のバランスは均衡しており、骨の量は一定に保たれていますが、加齢や閉経などの要因でこのバランスが崩れると骨粗しょう症などの疾患に陥ってしまいます。現在、骨粗しょう症の治療では、骨の吸収を抑える薬剤が主に使用されていますが、この場合、骨形成も同時に抑制されてしまうことがあり、吸収・形成の双方をバランスよく制御し、骨量を回復させる薬剤・治療法の開発が望まれています。そこで、このような骨の新陳代謝を担っている、骨に含まれる細胞(骨芽細胞、破骨細胞や免疫細胞)の相互作用のしくみを解明することが治療方法の開発に非常に重要です。
本研究グループは、これまで神経細胞が回路を作る過程や、免疫細胞であるT細胞の抑制などに関わることで知られていた「Sema3A」というたんぱく質が、骨芽細胞から産生され、骨芽細胞自身と破骨細胞の両者に働きかけることにより、骨吸収の抑制と骨形成の促進という2つの作用を持つことをマウスにおいて明らかにしました。
Sema3Aの機能を失ったマウスでは、骨吸収が促進するとともに骨形成が低下して骨量が異常に低下していました。また、骨を物理的に傷つけその再生過程を検証する骨再生モデルマウスや、骨粗しょう症モデルマウスにSema3Aたんぱく質を投与すると、骨の減少を食い止め、骨の再生を促進することができ、症状が改善されました。このように、骨吸収の抑制と骨形成の促進とを同時に行うたんぱく質はこれまで見つかっておらず、壊れた骨をバランスよく回復させる手段はこれまでありません。今回の発見により、骨粗しょう症や骨折、関節リウマチなどの新しい治療法の開発につながることが期待されます。また、老化して骨量が低下傾向にあるマウスでは、血中のSema3Aたんぱく質量が低下していることも観察でき、疾患診断バイオマーカーとしても利用できる可能性も示すことができました。
本研究成果は、大阪大学 大学院医学系研究科、札幌医科大学 医学部附属フロンティア医学研究所、東京大学 先端科学技術研究センターなどの研究グループとの共同研究で得られ、2012年4月18日18時(英国時間)に英国科学誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。
<用語解説>——————————————
注1) Semaphorin 3A(セマフォリン スリー エー:Sema3A)
「セマフォリン」は、「セマドメイン」と呼ばれる特徴的なアミノ酸配列を持つ分子群のたんぱく質であり、元々は神経細胞軸索の行き先を決める分子として発見された。それぞれのセマフォリンには、特異的に結びつくことができるたんぱく質(受容体)が存在し、細胞と細胞の間での情報伝達因子として働き、神経細胞の軸索が伸びる過程に作用することが知られていた。Sema3Aは分泌型のたんぱく質で、Nrp1を介してPlexin-Aを活性化することで、細胞内に情報を伝達する。これまでの知見で、Sema3Aは免疫系の抑制などにも関与することが分かっている。
注2) 骨芽細胞(こつがさいぼう)
骨の表面に存在し、新しい骨のもととなるたんぱく質を産生・分泌し、カルシウムなどの沈着を誘導する細胞。この一連の過程を「骨形成」と呼ぶ。
注3) 破骨細胞(はこつさいぼう)
骨の表面に存在し、古くなった骨基質を溶解して破壊する細胞。複数の細胞が融合したもので多数の核を持つ。骨を溶解する物質を放出して分解し、その分解産物を吸収することで、古い骨を破壊する。この一連の過程を「骨吸収」と呼ぶ。骨吸収がおこった箇所では、骨芽細胞により新しい骨が形成される。
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高柳 広(タカヤナギ ヒロシ)
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 分子情報伝達学 教授
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◎高柳オステオネットワークプロジェクトホームページ
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