国立大学法人東京大学(本部:東京都文京区、総長:濱田純一、以下 東京大学)と、株式会社アルマード(本社:東京都中野区、代表取締役社長:鈴江 由美、以下 アルマード)では、2008年4月より、産学連携による「卵殻膜の細胞・身体ダイナミクス効果に関する研究」を行ってきましたが、このたび、本研究成果の論文が、アメリカの細胞及び組織に関する専門ジャーナル「Cell & Tissue Research」(出版元:Springer(U.S.A))に認められ、同誌オンライン版に2011年5月13日(金)(予定)に掲載されることが決定しました(追って誌面版が2011年6月に発刊予定)。当該論文は、約400年以上前より“生活の智恵”として中国や日本などアジアにおいて創傷治癒等に用いられてきた「卵殻膜効果」のメカニズムの一端に関し、先端科学によって初めて明らかにした点が評価されました。
■研究概要
細胞は30%程度の割合で常に様々なエラーを起こしていますが、健康状態が保たれている間は、修復機能が働いて問題をキャンセルしてくれていますが、加齢に伴いこの修復機能が低下します。皮膚の細胞で考えると、紫外線、活性酸素、などによる様々なダメージの蓄積が加齢とともに増加し、傷の治りが遅く、傷痕も残り、悪い例としては癌化といった細胞の異常状態に至ります。
今回、東京大学-アルマード共同研究プロジェクト(※)では、中国や日本では人々の間では効果が認められ、“生活の智恵”として古くから使われていながらも、その実態が明らかにされていなかった卵殻膜に着目し、先端科学を駆使してメカニズムの解明に取り組みました。その結果、適度な量の卵殻膜には、細胞自らが正常な状態へ修復するように働きかける効果があるということが証明されました。
なお、東京大学内の多くの研究者の協力によって得られた本研究の成果論文は、海外の専門ジャーナル「Cell & Tissue Research」オンライン版及び誌面版に掲載される予定です。
(※…国立大学法人東京大学(研究代表:中村仁彦 東京大学大学院情報理工学系研究科教授、研究総括:跡見順子 東京大学名誉教授・東京大学アイソトープ総合センター特任研究員)と株式会社アルマード(取締役会長・長谷部由紀夫、代表取締役社長・鈴江由美)間で締結された、産学共同研究契約課題「卵殻膜の細胞・身体ダイナミクス効果に関する研究」。本件は、東京大学が2004年から推進する産学連携システム「Proprius 21」において、中小企業向けとしては第1号案件として2007年に合意、2008年4月より本格的に開始されたものです。)
■研究内容
【背景】 卵殻膜に傷を治癒する効果があると書かれてある薬学書「本草綱目」(ほんぞうこうもく)が明(現在の中国)から初めて伝来したのは、江戸幕府が開かれた翌年1604年(慶長9年)頃だと伝えられています。“よきもの”は人々の間で永く使われるものであり、現代でも卵殻膜を使った“生活の智恵”は受け継がれ、すり傷・切り傷が日常茶飯事の相撲部屋でも活用されています。優れた天然素材である卵殻膜はまた工業製品にも応用され、化粧品やサプリメントの原料として利用されていますが、その健康効果については明らかにされていませんでした。
【研究成果】 古くからアジアで傷の治療に使われているニワトリの卵殻膜は、バクテリアなどの外敵から卵の中のひなを保護するためのバリアとして機能する他、卵が落下した場合などの物理的なダメージにも耐えられるような強固な線維状の構造であるため、水に溶けず、科学的検証への道は壁に阻まれていました。しかしながら、近年開発された水溶性加水分解卵殻膜(以下 卵殻膜)がその問題を克服、研究が進められるようになり、医療・化粧品等で広く利用可能な、体に優しい優れた天然素材となることが期待されています。
一方、このように体への効果がマイルドで副作用が少ない素材は、治療薬のように人間の体に劇的な変化をもたらすものではないため効果の検出が難しく、また従来行われている細胞培養法では、細胞が卵殻膜の有無に関わらず、直接細胞培養ディッシュに接着してしまうことから、効果の検証ができないという問題もありました。そこで本共同研究プロジェクトでは、卵殻膜がどのように傷を治したり(創傷治癒)、体を健康に保ったりするのかを研究するため、東京大学大学院工学系研究科(石原一彦教授・金野智浩准教授)で開発された、新しいナノバイオマテリアルである、細胞膜を真似た人工ポリマーの利用を検討することにしました。この人工ポリマー中の活性エステル基と卵殻膜を反応させると細胞はその上に接着し、一方で卵殻膜がない状態では細胞が全く接着しないため、卵殻膜の効果のみを検出できる評価システム構築が可能となりました。こうして従来の細胞培養法の問題点を克服するとともに、効果がマイルドな天然素材・卵殻膜の細胞への働きかけを、本評価システムで高感度に検出できると期待しました。
研究ではまず、卵殻膜の量(濃度)を変えて人工ポリマー中の活性エステル基との反応を行い、その表面を原子間力顕微鏡(AFM)で観察しました。その結果、卵殻膜がないコントロールでは目立った構造物がない平らな面ですが、卵殻膜がある状態では、反応に使用した卵殻膜の量によって異なるナノスケールの線維状の構造をとり、その構造の違いに応じて接着する細胞の数や形が変化することが判明しました。
また、創傷治癒プロセスにおいては、コラーゲン線維を含む細胞外マトリクスの働きが鍵となり、止血・炎症・細胞増殖・再生という4つの過程が連続的に起こることが知られています。傷の治癒に効果があるとされている卵殻膜が、そのプロセスのどこに関与しているかを明らかにすることができれば、効果の検証につながると言えます。皮膚の損傷治癒のみならず、正常な皮膚組織の構造維持と水分保持に重要な役割を担うこれらの細胞外マトリクスは、真皮にある線維芽細胞によって遺伝子発現・分泌されます。そこで、卵殻膜が量に応じて人工ポリマー上で作る様々なナノスケール線維構造に線維芽細胞が接着した場合、それが細胞外マトリクス遺伝子をどの程度発現させるかについて、定量的な発現解析を行いました。その方法として、細胞を撒いてから24時間後に、皮膚組織に強度と弾力性を与えて細胞の足場を提供する線維構造形成に関わる遺伝子群と、組織内の水分保持に重要な役割を担う遺伝子群の両方について発現状況を調べました。結果として、前者からはIII型コラーゲンとMMP2が、後者からはデコリン(注7)の発現が、少量の卵殻膜断片が作る線維構造上において、コントロールに用いた従来の細胞培養ディッシュ上での発現と比べて2倍以上高いことが判明しました。これら3つの遺伝子セットは、いずれも創傷治癒プロセスの増殖期初期に発現が高くなることが知られている遺伝子であり、とくにIII型コラーゲンは皮膚の大部分を構成するI型コラーゲンに先行して発現することも報告されている(Betz et al., 1993)必須の遺伝子です。
一方、このときの細胞の状態に着目してみると、卵殻膜が多い状態と比べてまばらに存在していますが、この状態は実は生体皮膚組織中での様子をよく反映していると言えます。さらに興味深いことには、卵殻膜が多く密な線維構造上に、少数の細胞を撒いてまばらに接着させた場合は、III型コラーゲン、MMP2、デコリンの発現は高くなく、細胞の形も卵殻膜量が多いときと類似の平たい形をとっていました。このことから、加水分解された卵殻膜断片は、濃度により細胞への接着基盤となる構造を変えること、その環境が細胞の形を変え、細胞外マトリクス遺伝子発現セットを決めていると言えます。健康な皮膚真皮組織における線維芽細胞の状態を反映しているのは、適度な量の卵殻膜断片が作る環境でした。なお、卵殻膜-人工ポリマー上の線維芽細胞が、確かにコラーゲンを細胞の小胞体内で合成、細胞外に線維を分泌していることも、I型コラーゲンに対する間接抗体蛍光法により確認でき、同様に細胞が分泌する構造糖や糖タンパク質に結合した細胞周囲の水分についてもヒツジ赤血球粒子排除アッセイ法で確かめました。
これらの結果、本研究で利用した卵殻膜-人工ポリマーシステムは、創傷治癒プロセスを解析する新たなモデルシステムとなることが期待できます。特に人工ポリマー中の活性エステル基に反応させる卵殻膜量を変え、細胞が接着する構造を変えるだけで、複雑で時間のかかる創傷治癒プロセスのうち細胞外マトリクスが寄与するステップ(数時間~数週間)を、24時間あまりで解析することができるという利点を有している意義は大きいと言えます。
【今後の展望】 昨年、膝関節の固定が細胞外マトリクス配列の乱れやペントシジン(糖とタンパク質の非酵素的反応により産生される物質の1種)との結合によるコラーゲン糖化の増加、細胞数の減少などの構造的な変化を伴う関節拘縮を誘導することを報告しましたが(Lee, et al., 2010。跡見研究室としての成果)、最近卵殻膜を関節痛や筋肉痛療法に応用する治験も報告されています(Ruff, et al., 2009)。今後、卵殻膜-人工ポリマーシステムを皮膚の創傷治癒のみならず、罹患率の高い膝関節痛(OA)の
治療方法開発などへの利用や応用が期待されます。また、医学分野だけでなく、このたび開発した系を使用した研究結果は、適度な量の卵殻膜が線維芽細胞に働きかけ、III型コラーゲン等の細胞外マトリクス成分の合成を促進する可能性を強く示唆している点が、卵殻膜を用いた化粧品開発等においても有用性があると言えます。さらに今回見出した卵殻膜-人工ポリマーシステムによる、わずかな構造変化を遺伝子発現という定量的な方法で評価できるシステムを用いれば、時間のかかる複雑なステップからなる創傷治癒メカニズムの解明にも、分子レベルで迫ることが可能です。
細胞は接着環境によって自らを変化させ、その変化が環境を変えていくというように両者は「相互応答的」ですが、細胞が自律的に行うその過程を考慮した系を作り出すのはとても困難です。今回の研究成果は、細胞外マトリクスと細胞の相互応答性の関係を分子レベルでサイエンスするための重要な系を提供したと言えます。
本研究プロジェクトでは現在、トレーサー(アイソトープを利用)実験等により、詳細なメカニズムの解明を目指しています。
卵殻膜は世界中のどこでも入手可能で医療・食品・化粧品の各分野に適用できるバイオマテリアルです。本研究及び今後展開される研究成果により、対処療法ではなく、細胞のメカニズムに働きかけて根本的な構造改善を誘導・修復促進する素材として、この中国・日本などアジアで受け継がれてきた“生活の智恵”が科学的に検証された新たな健康戦略として活用されることが期待されます。